神戸地方裁判所 平成3年(行ウ)22号 判決 1993年6月28日
原告
中田作成
右訴訟代理人弁護士
筧宗憲
同
松山秀樹
同
増田正幸
同
古殿宣敬
同
本上博丈
同
西田雅年
同
西村忠行
同
吉田竜一
同
松本隆行
被告
神戸市長
笹山幸俊
右訴訟代理人弁護士
奥村孝
同
石丸鐡太郎
同
中原和之
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し平成二年五月一二日付けでした公文書非公開決定処分を取り消す。
第二事案の概要
原告が公文書公開請求権に基づいて公開を求めた神戸空港空域調査報告書について被告が非公開とする旨の処分をしたので、原告は、被告の掲げる同処分の理由が公文書公開条例に定める非公開事由に当たらないから違法であると主張して、その処分の取消しを求めた事案である。
一行政処分の存在等について(当事者間に争いがない。)
1 原告は、神戸市に住所を有する者であり、被告は、神戸市公文書公開条例(昭和六一年神戸市条例一二号。以下「本件条例」という。)二条三号の実施機関である。
2 原告は、平成二年四月二八日、本件条例六条一号に基づき、被告に対し、神戸沖空港に関する調査資料のうち公害面(騒音等)及び空域管制についての資料一式を内容とする公文書の公開を請求(以下「本件請求」という。)した。
3 被告は、平成二年五月一二日、本件請求に対応する公文書の件名を、(1)「神戸空港基本計画検討委員会資料のうち『環境影響』について」、(2)「神戸空港空域調査報告書(昭和五九、六〇、六一、六二、六三年度)」(以下、右(2)の文書を「本件文書」という。)と特定した上、右(1)については公開するが、右(2)については「本件条例七条三号及び七号該当」「国との協議等に基づき作成したものであり、公にすれば、国との協力、信頼関係を著しく害すると認められ、また、当該事業の執行に著しい支障を生ずるおそれがあるため。」という理由により非公開とする旨決定し(以下、本件文書を非公開とする旨の決定を「本件処分」という。)、そのころ、原告に対しその旨通知した。
4 原告は、本件処分を不服として、平成二年六月二六日、被告に対し異議申立てをしたが、被告は、右申立てから三か月に当たる同年九月二六日を経過しても、右申立てについて決定をしなかった(被告は、本訴提起後の平成三年七月一七日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定をし、そのころ原告に通知した。)。
二争点
本件の争点は、①神戸市における公文書公開請求権はどのようなものか、②本件文書は市と国、兵庫県(以下「国等」という。)との間における協議、協力、依頼等に基づいて作成した情報に当たるかどうか(本件条例七条三号前段)、③本件文書を国等の承諾なく公にすることにより国等との協力関係又は信頼関係を著しく害すると認められるかどうか(本件条例七条三号後段)、④本件文書は市の内部又は市と国等との間における審議、検討、調査、研究等の意思形成過程に関する情報に当たるかどうか(本件条例七条六号前段)、⑤本件文書を公にすることにより公正かつ適切な意思形成に著しい支障を生じると認められるかどうか(本件条例七条六号後段)、⑥本件文書は市又は国等が行う取締り、監督、立人検査、争訟、許可、認可、試験、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報に当たるかどうか(本件条例七条七号前段)、⑦本件文書を公にすることにより当該又は将来の事務事業の目的を損ない、又は公正若しくは円滑な執行に著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがあると認められるかどうか(本件条例七条七号後段)、⑧取消訴訟において原処分における処分理由と異なる処分理由を主張することができるかである。
原告及び被告は、これらの諸点について、それぞれ次のとおり主張する。
1 神戸市の公文書公開請求権はどのようなものか
(一) 被告の主張
(1) 神戸市における公文書公開請求権は、神戸市が、地方自治法一四条に基づいて、同法二条二項に定める公共事務として、政策的判断により制定した本件条例によって、初めて住民に認められた創設的な権利である。
公文書の公開を認める権利(以下「公文書公開請求権」という。)は、憲法二一条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約一九条の表現の自由として保障されるいわゆる「知る権利」から直接導き出されるものであり、それを具体的権利として表したものであるとする見解がある。しかし、いわゆる「知る権利」なるものはそもそも一部の学説に見られるにすぎない未成熟なものであって、憲法上明確な規定はなく、これを認める一般的な法律も存在せず、判例によっても認められていないものであり、それを具体化した権利であるという公文書公開請求権も憲法二一条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約一九条から直接導き出せるものではなく、この見解は失当である。このことは、本件条例が公文書公開請求権を一定の住民に限って認めていることからも明らかである。
(2) このように、公文書公開請求権は、地方公共団体が制定した条例等によって初めて認められた権利であるから、各地方公共団体がどのような住民に公文書公開請求権を付与するか、公文書公開請求権の内容をどのようなものにするかは、当該地方公共団体が自主的に決定すべき立法政策上の問題である。
(3) 本件条例が定める公文書公開請求権の内容は、その六条に規定する者が、七条各号に規定する非公開事由に該当しない公文書の公開請求を権利として認めたものであり、一般的・包括的に公文書の公開を請求する権利を認めたものではない。ここでは、公文書を公開することによって得られる利益とプライバシーあるいは円滑な行政執行等を公開することによって影響を受ける側の利益の両者が考慮され、その均衡の上に公文書公開請求権が認められているのであるから、その公文書公開請求権の内容は、まず本件条例の文言に従って文理的に解釈されるべきであり、ことさら公文書の公開を求める立場だけから条例の文言を文理を離れて限定的に厳しく解釈をすることは許されない。
(4) 本件条例は、その七条において、非公開とする公文書を、「信頼関係を著しく害する」(本件条例七条三号・四号)、「生じるおそれがある。」(同条五号・七号)又は「意思形成課程に著しい支障」(同条六号)などの不確定概念により定められており、そのような不確定概念の存否の判断については、公文書公開の実施機関に、一定の裁量が許されていると解することができる。
また、今日の地方行政は、許認可その他の規制・取締りなど権力的な事務や助成・サービスの提供といった非権力的な業務など広範多岐な分野にわたっており、全て法律又は条例の執行という姿で営まれているわけではなく、法律の予定しない新たな行政需要にも絶えず遭遇するので、法律あるいは条例を執行するだけで、行政がその責任を全うしたとはいえず、地域社会に生じる各種の利害の対立を調整し集団生活の調和的発展を図っていかなければならない。地域の対立する利害の調整は極めて困難であり、各地方公共団体は独自に会得した行政技術等を駆使して、その責任を全うしようとしている。
このように、行政需要が増加している今日、地方公共団体は、従来の単なる法令の執行者に終わるのでは、その責任を全うしたことにはならず、むしろ、地域の調整者としての責務の方が重要となってきているものであるから、当該公文書の公開が行政の事務事業の執行の支障になるか否かは、地域の調整者としての地方公共団体の実施機関において、今後の行政運営をどのようにしていくかを考慮した上で、現在実施機関が置かれている社会的状況、地域社会にどのような利害が対立しているか、どのようにすればこれらの調整が可能か、これから行う事業の性質、事業の実施方法・手順等諸事情を勘案し、事務上会得したあらゆる経験則等を踏まえて、当該公文書の公開が実施機関が予定している行政事務事業の執行に著しい支障となるか否かを決定するものである。したがって、当該公文書を非公開とするか公開するかの決定は、多分に実施機関の実務上の経験に基づく行政責任を負った政策的判断によらざるをえない。また、公開することにより、行政の執行に著しい障害が発生し、地域社会の住民に著しい損失を与え、住民の福祉を著しく後退させた場合、結局は、行政の長がその責任を負担せざるをえず、その責任を負担する行政の長が、公開・非公開の判断をなしうるものである。このような意味で、公文書の非公開か公開かの決定は、実施機関の政策的判断に基づく裁量行為といわざるをえない。
以上のとおり、公文書が本件条例七条各号に規定する非公開事由に該当するか否かは、神戸市長など実施機関がその置かれている社会的諸状況、実務上の経験則等から判断するものであり、その範囲で実施機関の裁量に任されている。したがって、この一定の裁量の許された非公開決定、即ち本件条例七条各号に規定する非公開事由に該当するか否かの判断は、事実上の基礎を欠くとか、社会通念上著しく妥当を欠く等その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法となると解すべきである。そして、その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったことを基礎付ける具体的事実について主張立証責任を負うのは、当該処分の違法性を主張して取消しを求める原告にあるというべきである。
(二) 原告の反論
(1) 政府その他の公的機関の有する情報について、国民の「知る権利」を正しく保障することは、国民主権、民主主義という憲法上の基本原理を実質的に担保するために必要不可欠である。そのために、「知る権利」は、世界人権宣言一九条、市民的及び政治的権利に関する国際規約一九条二項においてもそれぞれ保障され、国際的にも人権として承認されており、わが国においても、憲法二一条一項の「表現の自由」に含めて保障されていると解される。
(2) しかし、憲法二一条一項の文言から一義的に、国民が公権力に対して一定の公文書の公開を請求できる権利が導かれるわけではなく、本件条例のような法令によって具体化されることにより、国民、住民に具体的な公文書公開請求権が付与されるのであり、この意味において、「知る権利」は、抽象的な権利といえ、条例による公文書公開請求権は、憲法二一条一項において抽象的権利として保障されている「知る権利」を具体化したものである。本件条例が、その一条において「公文書の公開を求める権利を明らかにすること等により、市民の市政への参加をより一層推進し、市政を公正かつ効率的に運営し、市民福祉の向上を図り、市民の市政への信頼と理解を深め、もって地方自治の本旨に即した市政の実現に資すること」と規定しているのは、以上の趣旨を宣言したものである。
被告は、公文書公開請求権は憲法二一条一項で保障された権利ではなく、あくまで条例によって創設された権利であって、神戸市民に対してだけ保障されたものであるから、公開する公文書の範囲をどのようにするかは、当該地方公共団体が自主的に決定するあくまで立法政策上の問題にすぎないと主張するが、条例によって具体的権利性が付与されたということと、その権利があくまで条例によって創設されたものか、憲法上の抽象的権利を具体化したものか、という問題とは全く別の問題であって被告の主張には理由がない。たとえば、憲法二五条の生存権と生活保護法の関係については、具体的な保護受給権が生活保護法によって付与されたことは明白であるが、本来生活保護法は「憲法の規定の趣旨を実現するために制定された」ものであり、その保護基準は「結局は憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならない。」とされており、憲法上導かれる保障基準が最低限度の生活という規範的なものであるから、その具体化の段階において合目的的な裁量が認められ、「その裁量が著しく合理性を欠き、明らかに裁量の逸脱又は濫用と見ざるをえない場合には司法審査の対象となる。公文書公開条例と憲法二一条一項の知る権利との関係も、右の生活保護法と生存権との関係と同様に考えることができる。ただ、公文書公開請求権の場合、その具体化の段階における保障基準としては、生活保護法と異なり、憲法上原則公開であることが一義的かつ明白に導かれるから、合目的的な裁量という概念が入り込む余地はない(ただし、他の憲法上の人権(プライバシー権など)と抵触する場合には個別の比較衡量が必要であることはいうまでもない。)。したがって、公開除外規定の内容は、単なる立法政策の問題として立法者の自由裁量に委ねられることはなく、原則公開という憲法の基準に反しないよう合憲的に解されなければならず、その裁量の幅も狭いため裁量権の逸脱又は濫用も生存権の場合以上に容易に認められるべきである。
情報公開請求権が住民に限られている点についても、条例制定権者が地方自治体であり、かつ、地方自治体が行政責任を負うのは第一義的には当該自治体の住民に対してである以上、公開請求権者を住民に限るか否かが立法政策の問題であることは当然のことであって、そのことと公文書公開請求権が憲法二一条の「知る権利」の具体化であることは、何ら矛盾するものではない。
(3) 以上のように、条例による公文書公開請求権は憲法二一条一項の「知る権利」を具体化したものであるから、公文書公開請求権の制約に当たっては、同条項の優越的地位に鑑み、通常の合憲性の推定原則は排除され、むしろ違憲性の推定原則が妥当する。
本件条例七条六号及び七号は、非公開事由が広範囲に定められ、しかも、「著しい支障」、「支障が生ずるおそれがある」等の漠然かつ不明確な文言が用いられているから過度に広範な制約となっており、「知る権利」に対する萎縮的効果が非常に大きく、当該条項は憲法二一条一項に違反し、無効である。
(4) 仮に、本件条例七条六号及び七号が違憲無効ではないとしても、本来憲法上の人権に対する制約は必要最小限でなければならず、しかも「知る権利」の優越的地位からすると、同条項の解釈に当たっては、「知る権利」の趣旨に適合するよう、限定的かつ厳格に解釈されなければならない。
本件条例の制定過程、目的・趣旨に照らせば、少なくとも原則公開が本件条例の基本的原則であることは明らかであって、非公開事由該当性の判断も、条文の趣旨に即して厳格に解釈されなければならない。そして、実施機関の主観的な判断による抽象的かつ不明確な危険の存在を理由に非公開事由該当性を肯定すれば、非公開の範囲が不当に拡大する危険性があり、ひいては情報公開制度の実質的意味が失われることは明らかである。
そこで、主として市の行政執行上の利益を図って制定された本件条例七条六号及び七号の解釈に当たっては、公文書公開による弊害が発生することについての危険が具体的に存在し、かつ、そのことが客観的に明白であることを被告が立証しなければならないと解すべきである。
(5) さらに、公開によって生じる支障のみに目を奪われ、非公開による弊害や公開による有用性・公益性に何ら意を用いなければ、情報公開制度の運用が徒らに硬直化し、制度の目的を阻害することになるばかりか、将来的、長期的にみた地方自治の健全な発展が望めないことになり、ひいては、「知る権利」の本来的な意義である、公開討論の場の確保によって、民主主義の維持・発展を図るということができなくなってしまうから、仮に右の危険が認められるとしても直ちに非公開事由該当性を肯定するのではなく、非公開による弊害の程度、公開に伴う情報の有用性、公益性などをも総合的に検討することが必要であると解すべきである。
神戸空港計画は、関西圏における三空港の必要性、神戸空港建設についての採算性、経済効果等に対して大きな疑問があり、埋立てによる海域汚染、航空機や空港出入りの車両交通による騒音及び大気汚染、海上交通への影響、建設費の調達など看過することのできない極めて大きな問題を抱えており、そのいずれかの十分な検討を欠いても、将来に重大な禍根を残すことは明白である。また、三空港の併存による航空機の空域錯綜による管制困難から航空機の安全性に大きな疑問があり、さらに、飛行経路いかんによって騒音等の日常生活上の被害、精神的被害、難聴、胃腸病等の健康被害、排気ガス被害などの発生する範囲、程度などが影響を受けるなど、空域管制に関する情報は神戸市民の重大な関心事であるにもかかわらず、被告は、これまで、市民に十分な情報を提供・開示して、広範な議論を積み重ねてきたとは到底いえず、本件文書公開の必要性は相当高いということができる。
したがって、本件文書を公開することによって多少の支障が生じるとしても、高い公開の必要性からすれば、安易に非公開とすることを認めるべきではない。
(三) 被告の再反論
本件非公開決定の理由は、「国等との協力関係又は信頼関係を著しく害すること」、「公正かつ適切な意思形成に著しい支障を生じること」及び「当該又は将来の事務事業の目的を損ない、又は公正若しくは円滑な執行に著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがあること」で、いずれも、将来の事実の予測の問題であり、誰も具体的に明白に説明しえないものであるうえ、現行の裁判制度においては、非公開と決定した公文書を訴訟当事者の立会いなしで裁判官に提示して公文書非公開決定処分が正当か否かを判断する制度が採用されていないから、当該公文書を法廷において示さずに、明白かつ具体的に非公開理由を主張、立証することは不可能であり、かつ、非公開事由を個別具体的に主張、立証すればするほど、当該文書を公開するのと同様の結果になり、非公開処分の効果を阻害することになる。また、公共輸送機関である航空輸送は特に安全性や航空機騒音等の公害の防止が厳しく要求されるものであって、空域決定等空域管制に係る事務は、極めて専門的、技術的なことがらであるから、これらの事務は、専門的、技術的知識及び経験を有する行政庁が主導して執行すべきものである。本件文書は、このような内容、性質を有するものであり、実施機関が自らの行政上の失敗を隠すとか、あるいは公費の濫用を隠すとか行政側の都合によって非公開とするような性質・内容のものではない。さらに、情報は、一度公表されれば、もはや二度と元の状態には戻らないものであり、公開によって生じた損害は取返しがつかない。
このような公文書公開制度における取消訴訟の特殊性や本件文書の性質から、当該公文書の非公開事由の主張・立証の程度は、一般的、抽象的にならざるをえず、原告の主張するような過度に厳格な主張、立証責任を課すのではなく、非公開事由について、経験則に従ってある程度推認ができれば、すなわち、一般的、抽象的に著しい支障が生じることをある程度納得できるだけの説明ができれば、主張・立証を果たせたと解すべきである。
2 本件文書は市と国等との間における協議、協力、依頼等に基づいて作成した情報に当たるかどうか(本件条例七条三号前段)
(一) 被告の主張
(1) 兵庫県及び神戸市は、神戸空港を空港整備法(昭和三一年法律八〇号)に基づく第三種空港として整備するよう国に要望しているところ、空港計画実施のためには、国の承認を得て、空港整備五か年計画に組み入れられる必要がある。ところが、神戸空港の場合は、その周辺に複数の空港が存在するため、国の承認を得るには、周辺諸空港の飛行経路との整合性を図り、かつ、航空機騒音等の影響を回避しつつ、神戸空港への効率的な離着陸を確保することが必要になる。
(2) このような空域管制業務は、国(運輸大臣)の専管事項とされており、地方公共団体独自で実施しうるものではないが、昭和五九年当時は、神戸空港については国による空域管制調査を実施するまでの熟度には達していなかったため、神戸空港の設置を希望する兵庫県及び神戸市としては、その必要性や効果は勿論、立地可能性についても調査、検討し、設置者及び管理者としての空港計画を策定する必要があった。そこで、兵庫県及び神戸市が費用を負担し、国の助言を得て、神戸空港の飛行経路に関する調査を行ったが、この結果をまとめて作成した報告書が本件文書である。
(3) したがって、本件文書は国からの依頼等に基づいて作成した情報に当たるとともに、兵庫県との協議に基づいて作成された情報にも当たる。
(二) 原告の反論
本件条例七条三号が対象とする文書は「国等との間における協議、協力、依頼等に基づいて」作成又は取得した情報であり、「国等との間における協議、協力、依頼等」とは、市又は国等の事務に関して行う市と国等の間の協議、依頼、照会等をいう。しかし、本件文書は、神戸市と兵庫県が主体になって行った調査の結果を記載したものであるから、少なくとも、国の事務に関して行われる神戸市への協議、依頼、照会、委託等に基づき作成あるいは取得した情報に当たらない。また、本件文書の公開請求の段階において、神戸市は、未だ空域に関して国との協議に入っていなかった。
したがって、本件文書は、国との協議、協力、依頼等に基づいて作成した文書に当たらない。
3 本件文書を国等の承諾なく公にすることにより国等との協力関係又は信頼関係を著しく害すると認められるかどうか(本件条例七条三号後段)
(一) 被告の主張
(1) 神戸空港は、平成三年一一月二九日に閣議決定された国の第六次空港整備五か年計画(以下「六空整」といい、第五次空港整備五か年計画を「五空整」という。)に予定事業として組み入れられたが、この計画中において、「近畿圏の空域の制約下での神戸空港の位置づけ」が課題の一つとして示されている。このことからも明らかなように、大阪湾上の空域をどのように設定し、その中で神戸空港の飛行経路をどのように設定していくかは、今後、国が必要な調査・検討を行い、最終的に決定するものである。本件文書は、その意味で、未成熟な意思形成過程途上の単なる一試案にすぎないが、地方公共団体が調査した結果として一定の評価がなされないとも限らず、このような情報を公開すれば、それがあたかも、最終的に決定されたかのような不正確な理解や誤解を生み、国における適切な空域設定に支障を来すおそれがあるだけでなく、国の航空行政の円滑な執行を阻害し、そのため、これまで築き上げてきた国との協力、信頼関係を著しく害する。
(2) 本来、国の専管事項とされている空域管制に関する情報を、権限のない被告が公開することは、国の権限を犯したと受け取られるおそれもあると考えられ、国との信頼関係を損なう結果となる。
(3) 本件文書は、兵庫県との共同調査により作成されたものであり、神戸市域外についても触れられているから、兵庫県の承諾なしに公にすることにより、兵庫県と被告との協力関係又は信頼関係を著しく害する。
(二) 原告の反論
(1) 本件条例七条三号の趣旨は、公開か否かの判断に際して国等の意向を尊重すべき性格の情報について、その情報を一方的に公開することによって国等との協力、信頼関係を著しく害することを防止することにあるから、承諾なく当該情報を公開すること自体が協力、信頼関係の著しい破壊につながる場合に初めて本件条例七条三号の適用があると解すべきである。ここで、「承諾なく」とは、非公開とする旨の指示、依頼等がある場合をいうが、被告は、本件文書の非公開決定に当たり、国が兵庫県との間で、公開するか否かにつき一切協議しておらず、また、国や兵庫県から非公開とする旨の指示、依頼もされていない。すなわち、被告は、公開の当否について、国等に承諾を求めることもしないで、いわば国等との協力、信頼関係を口実に、自らの都合で非公開にしたにすぎない。このような場合にまで本件条例七条三号を適用することは、明らかに明文に反し、許されない。
(2) さらに、本件条例七条三号に該当するといえるためには、国等との協力、信頼関係を「著しく害すると認められる」情報であることを要するが、右三号の「著しく害すると認められるもの」とは、通常予想される阻害よりも重大な阻害が、明白に、あるいは少なくとも高度の蓋然性をもって認められることを要する趣旨と解すべきである。したがって、「害するおそれがある」にすぎない場合には非公開とすることが認められない。また、協力、信頼関係を「害する」と客観的に認定するためには、ここでも「承諾なく」という要件は無視しえない。
(3) 本件条例七条三号において、承諾なく公開することにより国等との協力関係又は信頼関係を「著しく害すると認められる情報」とは、たとえば、①国等が公表していない国等の計画案、処分案で市に協議が求められているもの、②国等からの委託による調査等に関する情報で委託契約の条項中に国等の承諾なしに公表してはならない旨の条件が付せられているもの、③国等からの依頼による市の行政の実態調査等に関する情報で、国等において公表するまで公表してはならない旨の指示がなされているもの、④全国を通じて統一的に発表されるべき情報等を指す。本件文書が右①や④に該当しないことは明らかである。また、本件の空域調査は国等からの委託や依頼に基づき行われたものでもないから、右②、③の情報に当たらないことは明らかであり、仮に右②あるいは③の情報に当たるとしても、兵庫県や国から承諾なく公表しない旨の条件や指示は付されていない。
したがって、本件文書に本件条例七条三号の適用がないことは明らかである。
(4) 被告は、本件文書の公開によって国等との協力、信頼関係が著しく害される理由として、公開によって、空域についてあたかも最終的に決定されたかのような不正確な理解がなされ、混乱が生ずると主張する。しかし、その「混乱」の具体的な内容について、ただ、本件訴訟提起後の関西新空港のルート変更の動きに対する地元自治体の反対決議を例示するだけで、およそ公開の原則の例外を定めた本件条例七条三号の該当性の主張立証責任を果たしたということはできない。
また、被告の右主張は、結局、空港設置が既定の事実となった後にその当否を批判することはともかく、それ以前に、住民が意見を表明して国の意思形成に影響を与えることを「混乱」と称して禁じようとするもので、およそ市政への市民参加をうたう公文書公開制度の趣旨と矛盾し、非公開事由として到底認められない。
4 本件文書は市の内部又は市と国等との間における審議、検討、調査、研究等の意思形成過程に関する情報に当たるかどうか(本件条例七条六号前段)
(一) 被告の主張
本件文書は、飛行経路の検討を中心に構成されているが、大阪湾上の空域管制を今後どのように編成し、その中で、神戸空港の飛行経路をいかに設定していくかは、今後、国において、必要な調査、検討を行い、所定の手続を経て成案を固めていくものである。その意味で、本件文書で想定された飛行経路は、未だ確定したものではなく、本件調査時点における一試案にすぎないものである。
したがって、本件文書は、市内部又は市と国等との間における調査、検討等の意思形成過程に関する情報ということができる。
(二) 原告の反論
本件条例七条六号の「意思形成過程」とは、実施機関が行う事務事業の中で、審議、調査、研究等を繰り返しながらその意思が形成されていく過程をいうが、本件では、被告のいう意思形成を、誰れがどのような手順・形式・法的根拠で行うのか具体的に明確にされていない。
したがって、本件文書を意思形成過程文書ということはできない。
5 本件文書を公にすることにより公正かつ適切な意思形成に著しい支障を生じると認められるかどうか(本件条例七条六号後段)
(一) 被告の主張
(1) 空域管制については、安全性が特に厳しく要求され、空港周辺に騒音等の公害がないよう配慮されなければならず、極めて技術的かつ専門的な事務であるから、慎重に調査を行い、シミュレーション等を実施した後、最終的に国が飛行経路を決定する。
本件文書は、神戸市が、兵庫県と協力して、神戸空港の六空整への組入れを目指して、神戸空港の成立の可能性を探るために行った空域の調査に基づいたもので、不確定な要素を含んだ検討段階における単なる一試案にすぎないものである。これが公になれば、それが一人歩きをし、あたかもそれが最終的に決定されたかのような不正確な理解や誤解を生み、住民の間で無用な混乱を招き、既成事実化し、今後の情勢の変化に事実上対応できなかったり、適正な意思形成ができなかったりすることが十分考えられる。地域社会の対立する利害を調整する責務を負担する地方公共団体としては耐えられない問題であり、行政の公正かつ適切な意思形成に著しい支障を生じることを示している。
したがって、本件文書は、これを公開することによって、行政庁の意思形成に著しい支障を生じるもので、本件条例七条六号に該当する。
(2) 意思形成過程の情報であっても、いつまでも非公開にする必要があるのではなく、ある程度空域管制についての意思が固まった段階では、本件文書を公開しても、無用な混乱が生じるおそれはなく、何ら支障はない。示された案に住民が納得できなければ、その時点で議論をすれば十分なはずであって、決して遅くはない。むしろ、その方が無用な混乱防止という観点から望ましい。
(3) 意思形成過程中の情報の非公開は、行政庁の利益保護のためだけに設けられたものではなく、住民の利益保護(無用な混乱の防止・最適な行政の執行等)のために設けられたという側面もある。したがって、安易にただ公開しさえすれば、直ちにそれが民主主義の精神に適うとはいうことはできない。
(二) 原告の反論
(1) 本件条例七条六号は、意思形成過程情報を非公開とするためには、「公にすることにより、公正かつ適切な意思形成に著しい支障を生じる」ことを要する。
神戸市が本件条例を制定した趣旨・目的は、「市民主体の都市づくりを目指し、真の市民参加を保障し、開かれた市政を実現するために」、「市民がいつでも必要なときに必要な情報を得られるような制度を確立」し、その結果、より一層公正で効率的な市政執行を確保するためである。市民に情報を公開すれば、その公開された情報に基づいて、市民の間、あるいは市民と行政との間で様々な議論が生じ、一時的には市政執行に遅滞が生じうるということは条例制定段階において当然想定しうるにもかかわらず、情報公開こそが効率的な市政執行の確保にもつながるという考え方をとったのであるから、神戸市は、仮に情報公開によって一時的な市政執行の遅滞が生じることがあっても、市民間あるいは市民と行政との間の議論の過程でかえって施策に対する市民の十分な理解や納得をうることができ、また、より適切な施策の実施にもつながりうるという利益の方が上回るという考え方のもとに、本件条例を制定したものと推測することができる。
したがって、一時的な市政執行の遅滞といった情報の公開によって通常生じると考えられる程度の支障では、「著しい支障」が生じるとして非公開とすることは許されず、非公開とするためには、より重大な支障が生じることを要すると解すべきである。
(2) 同条六号は、五号や七号のように支障を「生じるおそれがあると認められる」ことでは足りず、支障を「生じると認められる」ことが必要であると規定する。このような規定の仕方をした趣旨は、前述の本件条例の趣旨・目的からすれば様々な行政過程のなかでも意思形成過程こそ、情報公開による真の市民参加の保障が最も要請される局面であるにもかかわらず、従来はその意思形成過程が最も密行的に行われていたという実態から考えて、「おそれ」まで非公開事由に含ませれば、行政側の恣意的、濫用的な条例の運用によって本件条例制定の趣旨・目的そのものが損なわれると考えられたからである。
したがって、支障発生の程度は、一般的な可能性や抽象的な危惧では足りず、具体的な支障の発生が明白に、あるいは少なくとも高度の蓋然性をもって認められることを要すると解すべきである。
(3) 被告は、検討段階にすぎない単なる一試案を公開すれば、当該飛行経路に関係する住民の間に不安が生じ、無用な混乱を招き、行政による事態収拾努力が効を奏せず、最適行政の執行が不能になる、と主張する。
しかし、右支障のうち、住民の間に不安が生じることは確かに十分ありうるが、その程度の支障は通常予想されるものであるから「著しい」支障とは認められないし、本件条例の基本的な考え方である市民参加の行政からすれば公開したうえで、行政と住民との間で十分な対話を行い、住民の不安が十分な根拠があるものか否かを検討し、住民の理解と納得を得ていくことこそが、行政の責務であり、より良い意思形成に資するものである。
また、「無用な混乱を招き」以下の支障は単なる抽象的な可能性をいうにすぎず、非公開の要件を到底充たさない。
そもそも、被告の主張する支障は、行政請負的かつ住民不信の発想に基づくものであって、本件条例の趣旨・目的とは全く相容れない考え方である。
6 本件文書は市又は国等が行う取締り、監督、立入検査、争訟、許可、認可、試験、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業に関する情報に当たるかどうか(本件条例七条七号前段)
(一) 被告の主張
本件文書は、意思形成過程の情報ではあるが、今後本件文書をもとに国等との協議を行いながら最終的な空域を決定するのであるから、本件条例七条七号に規定する交渉その他の事務事業に関する情報に該当する。
(二) 原告の反論
本件条例七条三号ないし八号は、神戸市が意思決定をして実施する事務・事業に関する行政運営情報の非公開事由を原則公開の見地からできるだけ限定的かつ明確に定めるために六類型に分類し具体化したものである。このうち七号は、事務事業の執行に係る情報のなかには最終的な意思決定がされていても公開することによって公正又は円滑な執行が妨げられるものがあるとの見地から非公開事由と定められたものである。
また、右七号に例示として挙げられているのが「取締り」、「監督」等であること、市の意思形成過程における情報に関しては、七条六号で非公開とされていることからすれば、右七号の「事務事業」とは、既に意思決定が存在していることを前提として、その対外的執行に関するものを意味すると解すべきである。
本件文書は、被告が述べているように、空域管制について成案を固めていく過程での一試案の調査検討結果であるから、未だ最終意思決定がされていない場合であり、右七号の「事務事業」には当たらず、本件文書は、右七号に該当しない。
(三) 被告の再反論
(1) 行政の情報は、一面においては意思形成過程途上のものであり、他面においては最終的意思が決定された面も有しており、一概に、当該情報は意思形成過程の情報であるとか、最終意思の決定がされた情報であるとか明確に区分することはできない。行政庁の事務事業の多くは、意思形成を行いつつ、同時にこれを執行することが本質的に随伴するものであり、意思形成の完了の有無のみをもって、当該情報を本件条例七条六号と七号に峻別できるような、単純かつ観念的に割り切れるものばかりではない。
(2) 本件条例七条六号は「審議、検討、調査、研究等」と規定され、七号は、「取締り、監督、立入検査、争訟、許可、認可、試験、交渉、渉外、入札、人事その他の事務事業」と規定されているだけで、当該情報が意思形成過程の情報とも最終意思の決定がなされた情報とも規定されていない。
(3) さらに、「交渉」という事務事業は、相手方と継続して折衝するというものであり、相手方の対応や方針等の変化に応じて、交渉の各段階において、その都度、行政当局の交渉に臨む方針や考え方等(意思)を形成しつつ、折衝することが必然的に随伴する事務事業であり、行政庁が最終的に意思形成を完了した後でないと交渉を行いえないものばかりではない。本件条例七条七号がこれらの文言を例示として挙げていることは、同号には意思形成過程の情報も含まれることを示している。
(4) また、同条六号、七号は、それぞれ「公にすることにより、公正かつ適正な意思形成に著しい支障を生じる」、「公にすることにより、当該又は将来の事務事業の目的を損ない、又は公正若しくは円滑な執行に著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがある」と規定されており、非公開とすることにより保護しようとする目的、規定の観点が異なるのであって、原告が主張するような立法の趣旨ではない。
したがって、本件文書は、意思形成過程の情報であるけれども、今後本件文書をもとに国等との協議を行いながら最終的な空域を決定するのであるから、本件条例七条七号の「交渉……その他の事務事業に関する情報」に該当する。
7 本件文書を公にすることにより当該又は将来の事務事業の目的を損ない又は公正若しくは円滑な執行に著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがあると認められるかどうか(本件条例七条七号後段)
(一) 被告の主張
空域管制は国の専管事項であることから、神戸市としては、六空整において国から示された空域に係る課題の解決に当たり、国と協議等を進め、安全で公害のない空域の設定を求めていくことになるが、本件文書は、この空域管制について、これから調査研究をし、成案を固めていく、未成熟な情報であり、このような情報を今の段階で公開すれば、あたかも、それが最終的に決定されたものであるかのごとき不正確な理解や誤解を生み、無用の混乱を生ずるばかりか、国を含めた関係者の理解と協力を得られにくくなるなど、神戸空港計画の推進という事務事業に著しい支障が生じる。
したがって、本件文書を公開すれば、国等との協議が必要な神戸空港計画の推進という事務事業の目的を損ない、又は円滑な執行に著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがある。
(二) 原告の反論
(1) 本件条例七条七号の「著しい」支障とは、情報の公開によって一般的かつ通常生じると考えられる程度の支障、たとえば一時的な市政執行の遅滞といった程度の支障では足りず、より重大な支障であることを要すると解すべきことは前述のとおりである。そして、その「より重大な支障」が、少なくとも具体的かつ客観的に認められることを要することも前述のとおりである。
(2) 手引において、例として挙げられているのは、用地買収計画、地元協議交渉記録、市のノウハウに関する情報である。用地買収計画を非公開とできるのは、それを公開すれば、特定の者が利権漁りをして不当な利益を得る機会を与えることになり、その結果市政の公正さが損なわれるという重大な支障が生じることが具体的かつ客観的に認められるからである。地元協議交渉記録を非公開とできるのは、それには交渉対象者に対する市の評価や交渉方針が記載されていることから、それを公開すれば交渉対象者の不信を招くなどして将来の交渉の困難化を生じるという重大な支障が生じることが具体的かつ客観的に認められるからであり、市のノウハウに関する情報もいわば市の手の内を開示することになり、同様のことが認められるからである。したがって、この非公開事由該当性を認めるためには、これら例示と同程度の支障の重大性、具体性、客観性が認められることが必要である。
しかるに、被告が主張する支障は、不明確かつ曖昧であるばかりか、一般的、抽象的かつ主観的な危惧にすぎず、被告が非公開事由該当性の主張立証責任を果たしていないことは明らかである。
8 取消訴訟において原処分における処分理由と異なる処分理由を主張することができるか。
(一) 原告の主張
(1) 被告は、処分理由として、本件条例七条三号、七号に加えて、非公開決定及び異議申立ての段階では主張していなかった同条六号を追加して主張している。また、被告は、同条三号該当性について、公開決定及び異議申立ての段階では本件文書を公開することで「国との」協力、信頼関係を著しく害する旨主張していたにすぎなかったが、本件訴訟に至って新たに「兵庫県との」協力、信頼関係を著しく害する旨の主張を追加している。
(2) 取消訴訟において、処分理由の追加が許されるか否かについては、一般的に行政処分が客観的に根拠法規により理由付けることができるのであれば法適合性が充たされるから、処分庁は、処分時に客観的に存在したものであれば、処分の同一性を損なわない範囲内で、あらゆる処分理由を主張しうると解することも可能である。しかし、ある行政処分の根拠法規が、処分庁が処分時に認識した処分理由に特別の地位を与え、それのみを処分理由とする趣旨である場合には、取消訴訟において処分理由を追加したりすることは許されないというべきである。そして、そのいずれに解すべきかは、それぞれの行政処分の根拠法規の解釈により決せられる。
(3) 本件条例は、その一〇条一項において、実施機関は公文書を公開するか否かを一五日以内に決すべきことを定め、同条二項において、実施機関は公文書を公開しないことと決定したときは速やかに請求者に書面により当該決定の内容を通知しなければならない旨規定し、さらに、同条三項において、非公開決定には理由付記を義務づけている。これは、公開が原則であるとの趣旨を具体化するとともに、理由付記を要求して、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものである。そして、本件条例施行規則三条三項で定める非公開決定通知書の様式には、「公開することができない理由」として、非公開決定の根拠となる条項の明示だけでなく、七条各号に該当する理由が分かるように具体的に記入すること及び七条各号の複数の項目に該当する場合にはその全てを列挙することを義務づけており、理由付記の程度について極めて厳しい態度をとっている。したがって、理由付記を欠いた処分や理由付記に不備のある処分は違法となることが明らかである。そして、訴訟において新しい処分理由を追加することを認めることは、処分時に理由を付せずにあるいは適当な理由を付しておいて、訴訟で争われて初めて理由を付することを認めることになり、結局前記の理由付記を要求した法の趣旨、目的を失わせることになる。
さらに、本件条例は、その一〇条三項で、当該公文書に記載されている情報が七条各号に掲げる情報に該当しなくなる時期を予め明示しうるときはその時期を付記することも義務付けており、本件条例施行規則三条三号で定める非公開決定通知書の様式では、右時期についてその年月日を明示することまで求めている。したがって、仮に訴訟になって非公開事由の差替えや追加が認められることになると、右期日以後には公開されるという請求者の期待が裏切られることになってしまう。
このように、本件条例の趣旨は、例外的扱いを正当化する当該非公開理由に特別の地位を与えたものと解することができる。したがって、被告が、処分時に主張していなかった本件条例七条三号該当事実のうち兵庫県との協議に係るもの及び六号該当事実の主張を追加することによって本件処分の適法性を主張することは許されない。
(二) 被告の反論
(1) 取消訴訟において、行政事件訴訟法に定めのない事項については、民事訴訟法が適用される(行政事件訴訟法七条)ところ、民事訴訟法は、随時提出主義の原則により、同法一三九条、二四七条、二五五条などの制限規定に反しない限り、当事者はあらゆる攻撃防御方法を行使できるものとしている。したがって、行政庁が処分時において付記しなかった処分理由を取消訴訟の進行過程で追加主張することも、許されるというべきである。
(2) 仮に、処分理由の追加や差替えが許されないとすると、行政庁は、同種の処分をすることが必要であると判断した場合、裁判外で当該処分を職権で取り消し、新たな事由に基づいて同一の処分をすることになるが、これでは、原告に再度取消訴訟を提起する煩瑣を、行政庁には処分をやり直す煩瑣をそれぞれ負わせることになり、訴訟経済ないし行政効率を損なうことになる。
また、処分理由の追加や差替えを否定した場合、訴訟物が処分の違法性一般ではなく、処分理由との関係における処分の違法性として把握される結果、行政庁は確定判決後も、処分理由を異にする限り再度同一処分をすることができることになり、訴訟経済ないし紛争の一回的解決の利益を損なうことになる。
(3) 原告は、ある行政処分の根拠法規が処分庁が処分時に認識した処分理由に特別の地位を与え、それのみを処分理由とする趣旨である場合には、取消訴訟において処分理由を追加することは許されないとして、行政処分の根拠法規の解釈により、取消訴訟において処分理由の追加が許されるかどうかを判断すべきであると主張する。しかし、およそ行政処分の根拠法規が、民事訴訟法における随時提出主義の原則の制限や取消訴訟の訴訟物などを念頭において規定され、取消訴訟での処分理由の追加を許さない趣旨まで含ませているとは到底考えることはできず、このような主張は失当である。
(4) 百歩譲って、原告の主張するように、行政処分の根拠法規の解釈により、取消訴訟において処分理由の追加が許されないことがありうるとしても、本件条例一〇条の規定は、理由付記を要求する行政手続規定一般と同様に、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものであって、それを超えて、取消訴訟の進行過程において処分理由の追加を否定する趣旨を含むものではない。
(5) なお、本件行政処分の根拠となっているのは、法律ではなく条例であるが、条例で法律である民事訴訟法と異なる定めをすることができないだけでなく、そもそも、条例で訴訟法規その他司法に関する事務に係る定めをすることはできない。
(三) 原告の再反論
非公開決定通知書への非公開理由の記載の程度について、公開請求者において、公開条例所定の非公開事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知しうるものでなければならず、単に非公開の根拠規定を示すだけでは、当該公文書の種類、性質等とあいまって公開請求者がそれらを当然知りうるような場合は別として、理由付記としては十分でなく、理由付記が不備な場合は口頭の説明により具体的な理由が補充されたとしても、それによってその瑕疵が治癒されるものではなく、非公開決定は取消しを免れない。
したがって、非公開決定通知後に、訴訟に至って初めて非公開決定の理由を明らかにしたり、新たな理由を追加することも許されるべきではなく、被告が、非公開決定通知の時点で非公開の理由としていなかった本件条例七条六号該当性を追加して主張したり、同条三号該当性に関する新たな事由を主張することも許されないというべきである。
第三争点に対する判断
一神戸市の公文書公開請求権はどのようなものか
1 本件条例は、一条において、「公文書の公開に関し必要な事項を定め、公文書の公開を求める権利を明らかにすること等により、市民の市政への参加をより一層推進し、市政を公正かつ効率的に運営し、市民福祉の向上を図り、市民の市政への信頼と理解を深め、もって地方自治の本旨に即した市政の実現に資することを目的とする。」ことを明らかにし、三条において、「実施機関は、公文書の公開を求める権利が十分に保障されるようにこの条例を解釈し、及び運用するとともに、個人に関する情報をみだりに公にすることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」ことを明らかにしている。
また、昭和六一年一月に神戸市情報公開制度審議会がまとめた「神戸市の情報公開制度に関する提言」(以下「提言」という。)の中には、情報公開制度の確立はいわゆる「知る権利」の実現にも資することになること、しかし、「知る権利」の文言は多義的・多面的で法律的に不明確であるため条例上に規定することは問題があるとの意見が多かったこと、「開かれた市政」をさらに推進するためには市の保有する情報が原則として公開されなければならないこと、例外として、非公開とする情報は必要最小限度のものにとどめること、等を明記している。昭和五九年七月に神戸市情報公開制度準備委員会がまとめた報告書にも同様の記載がある。(<書証番号略>)
これらによれば、本件条例は、条文の上では「知る権利」という文言を使用していないものの、基本的には、いわゆる「知る権利」を尊重し、市民の市政への参加を実質的に確保するとの理念に則り、それを市政において実現することを目的として制定されたものと解することができる。
2 行政機関に対してその保有する情報の公開を求めることができるという意味での「知る権利」が憲法上の権利か否かについては種々の議論があるけれども、現実に住民が取得する情報公開請求権は、憲法によって直接付与されるものではなく、制度の理念の実現を指向する地方公共団体が個人のプライバシー等の保護を図りつつ、その属する行政事務の公正かつ効率的な執行との調和を考慮しながら、自ら立法政策として条例を制定したことにより、初めて実体法上の根拠が与えられ、その内容、保障の限界等が定まるものである。
したがって、たとえ「知る権利」が憲法上の権利であったとしても、具体的な事案において、情報公開請求権の有無を判断するに当たっては、条例制定の趣旨、目的を踏まえながら、条例の各条文の文言を忠実に解釈していく必要があり、それで足りるというべきである。
3 右の見地に立って本件条例について考察すると、同条例三条によって、公文書は原則公開としながらも、個人のプライバシーに関して最大限の配慮を求め、同条例七条各号において、例外的に公開しないことができる公文書を列記しているのであり、それらの各非公開事由に該当するか否かの判断は、個人のプライバシー等の保護に最大限の努力を払いつつも、条文の趣旨に即し、忠実に解釈されなければならない。殊に、主として神戸市の行政執行上の利益の保護を図って制定されたと考えられる同条例七条三号、六号及び七号等の解釈に当たっては、行政側の恣意的、濫用的な秘密扱いによって情報公開制度の実質的意味が失われないように、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、その利益侵害のおそれが行政機関の主観においてだけでなく具体的に存在するといえるかを、客観的に検討することが必要であり、それで足りるというべきである。
4 被告は、本件条例七条各号の非公開事由が不確定概念を用いて規定されていること、公開により支障が発生するかどうかの判断は地域の調整者としての責務を負う地方公共団体の政策的判断であることなどを理由に、公開するかどうかの決定は公開実施機関の裁量行為であり、ある決定をするに当たって裁量権の範囲を超え又は濫用があった場合に限ってその決定は違法になり、その主張、立証責任は、決定の取消しを求める者にあると主張する。
しかし、提言における本件条例の適用除外事項(非公開事由)についての基本的な考え方は、原則公開の精神から考えて、必要最小限にとどめ、できる限り限定的かつ明確に定める必要があるが、条例上での規定の仕方には限界があり、ある程度抽象的な表現もやむをえず、これを補うため適用除外事項についてより詳しい判断基準を作成し、制度の適正な運営を図る必要があるというものである。(<書証番号略>)
そして、これを受けて、種々の観点から、本件条例七条の非公開事由が定められているのであるから、その非公開事由が不確定概念で構成されているからといって、公開するか否かの判断を公開実施機関の裁量に委ねる趣旨と解することはできない。また、地方公共団体の性格ないし責務という一般的な立場から支障が生じるかどうかの判断が公開実施機関の裁量に委ねられていると解するならば、地方公共団体の行政活動に関する情報のほとんどが実施機関の裁量で非公開にできることになり、前記の本件条例の趣旨に反することになることは明らかである。したがって、支障発生の有無の判断を公開実施機関の裁量に委ねられた行為であるとし、裁量権の逸脱又は濫用の主張立証責任が決定の取消しを求める側にあるという被告の主張は採用することができず、公開を求められた公文書を公開することによって非公開事由に該当するような支障が発生することを、公開実施機関において主張立証する必要があると解するのが相当である。
なお、本件条例七条は、公開実施機関は同条各号に該当する情報が記録されている公文書を「公開しないことができる。」と規定している。同条は、「公開しないことができる」文書のひとつとして、個人情報についての非公開事由も規定している(本件条例七条一号)が、他方、本件条例三条後段は、「個人に関する情報をみだりに公開することのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定し、個人情報の保護をも尊重する旨規定していることからすると、ある個人情報について非公開事由がある場合にも公開実施機関の裁量で当該文書を公開することを認めるならば個人情報の保護を尊重するという条例の趣旨に反することになりかねない。したがって、「公開しないことができる。」という文言について、当該公文書を公開するかどうかを公開実施機関の裁量に委ねた趣旨と解することはできず、このような場合に公開実施機関が公文書公開の義務を負わないことを明らかにしたにとどまると解するべきであり、同様の体裁で規定されている他の非公開事由に該当する公文書についても、同様である。
5 また、原告は、生活保護受給権と生存権との関係と同様に、神戸市の公文書公開請求権は憲法二一条等によって保障される抽象的な「知る権利」が本件条例によって具体化されたものであるとし、さらに、「知る権利」の場合は生存権と異なり保障基準が「健康で文化的な最低限度の生活」ではなく「原則公開」であることが一義的かつ明白であるから、本件条例のような漠然不明確な文言で非公開事由を定めるのは過度に広範な制約で違憲無効であるなどと主張する。たしかに、憲法二一条で保障する表現の自由は、その優越的地位から、制約のためには強度の正当事由が必要であり、その審査基準も厳格なものでなければならないと解されている。しかし、行政機関に対してその保有する情報の公開を積極的に求める意味のいわゆる「知る権利」は、多義的かつ多面的で、その内容、保障の程度などが明らかではなく、憲法上「原則公開」が一義的かつ明白であるということはできない。それゆえ、たとえ、神戸市の公文書公開請求権が憲法上の抽象的な権利である「知る権利」を具体化したものであったとしても、そのことで、神戸市の公文書公開請求権の保障基準が明らかになるわけではなく、「知る権利」の保障基準が「表現の自由」と同様であることを前提として、本件条例の非公開事由の定めを違憲無効とする、あるいは、条例の文言以上に厳格な要件を課するような原告の主張はいずれも採用することができない。
他方、被告は、空域管制事務の専門性や技術性、非公開事由に該当する事実が将来の予測の問題であること、当該文書を訴訟当事者の立会いなしで裁判官に提示する訴訟手続がないこと、支障の発生を具体的に立証すれば当該文書を公開したのと同様の結果になること、一度公開されると元の状態に戻すことができないことなどを理由に、非公開事由について、一般的、抽象的に著しい支障が生じることをある程度納得できるだけの説明ができれば、主張、立証を果たせたと解すべきであるという趣旨の主張をする。たしかに、将来の事実を、問題となっている公文書を示さずに、かつ、公文書の内容を推測されないように証明することが、そういう制約がない場合よりも困難を伴うことは被告の主張するとおりであり、一旦公開してしまうと元の状態に戻すことができないことも同様である。しかし、将来の事実を証明することは、現在及び過去の事実から経験則や論理則を用いて将来に当該事実が生じるであろう可能性又は蓋然性があることを推認することであり、結局は間接事実から主要事実を推認することにほかならず、将来の事実の証明は十分に可能である。主要事実の推認に用いることができる間接事実は多数存在するのが通常であるから、当該文書を示すことができないとしても、それで支障の立証が不可能になるわけでもない。また、公開を求める公文書の内容と公開によって発生する支障とは別個のものであり、支障を立証することによって必ずしも公文書の内容が明らかになるわけではない。技術性や専門性についても、これらが当該事務自体を担当行政機関の裁量に委ねた根拠になりうる場合があったとしても、その事務に関する公文書の公開による支障の有無の判断基準までが緩和されるべき必然性はない。また、これらの被告が主張する事情は、条例制定当時に十分予想できたはずのものであるにもかかわらず、本件条例は、非公開事由について、被告が主張するようなものではなく、「著しく害すると認められるもの」(七条三号)、「著しい支障を生じると認められるもの」(同条六号)、「著しい支障を生じ、若しくは生じるおそれがあると認められるもの」(同条七号)など比較的厳格な非公開事由の要件を規定しているのであるから、被告が主張するような緩やかな基準で非公開とする趣旨を本件条例から汲み取ることはできない上、被告が主張するような緩やかな要件で非公開とすることを認めるならば、原則公開の精神から、非公開事由を必要最小限にとどめ、公開実施機関の恣意的な運用を防止するため、非公開事由をできる限り限定的かつ明確に定めようとした本件条例の趣旨に反することになり、このような解釈は到底採用することはできない。
6 原告は、さらに、本件文書を公開する必要性が相当高いから、公開によって多少の支障が生じるとしても、総合的に考察すれば、安易に非公開とすることを認めるべきではないと主張する。
そこで、本件文書を公開する必要性等について検討すると、次の各事実が認められる。
(一) 本件文書は、神戸市と兵庫県が、神戸空港の空域管制に関する調査をした結果を記載した文書である。空域管制には、大きく分けて、飛行場の周辺の管制と航空路の管制に別れ、前者は、さらに進入管制(航空路を離脱して飛行場に降りてくるとき、又は飛行場を出発して航空路に入っていくための管制)と飛行場管制(飛行場へ着陸又は飛行場から離陸するための管制)に分かれ、本件文書における空域とは、主に進入管制のことを指し、本件文書には、航空機が空港に進入又は空港から出発する際にどのような経路を通り、それをどのように制御するかが、記載されている。(証人湊照夫の証言)
(二) ところで、神戸空港計画は、神戸都市圏のコミューターや小型航空機を受け入れるために、神戸市を設置管理主体とする空港整備法上の第三種空港として設置が計画されている空港で、神戸市のポートアイランド沖三キロメートルの辺りを三〇〇ヘクタールにわたって埋め立て、二五〇〇メートル滑走路一本を備えた空港を、二八〇〇億円の費用により建設しようとしているものである。
神戸空港が完成すると、わずか四〇キロメートルの圏内に、大阪国際空港、神戸空港、関西新空港の三空港が併存することになるため、航空機の空域が錯綜し、管制が困難になることが予想されるため、ニアミスの危険性など航空機運用の安全性に大きな疑問を持ち、根本的な空域の再編成の必要性を指摘する意見もある。
また、現在の大阪国際空港の一日の離発着数は最高三七〇回であるが、関西新空港のそれは四五四回、神戸空港のそれは三六回が予定されており、これらの空港が完成した場合には、現在よりも相当多数の航空機の離着陸がこの狭い地域の中で繰り返されることになり、将来的には各空港の離発着の合計が一日一〇〇〇回程度になると予測する意見もある。(<書証番号略>、原告本人尋問の結果)
(三) 運輸省は、広域進入管制システムを導入し、複数の空港の空域を一元的に管理することを計画している。しかし、管制業務が単に機械的な技術操作ではなく、人間の能力に依存する要素も大きいため、安全性に疑問を持つ見解もある。なお、この広域進入管制システムには、神戸空港に近接する自衛隊管制の徳島進入管制区が含まれていない。(<書証番号略>、証人湊照夫の証言)
(四) また、空港の空域は、進入管制の制約や時間・経費の節減などのために航空機の飛行経路を変更することなども考えられ、現に、関西新空港を離着陸する航空機の飛行経路見直しが検討されたことがあり、その際、近隣市・町の長や、議会等が運輸省の見直し案発表以前に反対意見を表明するなどした。(<書証番号略>、証人湊照夫の証言)
(五) 平成三年一一月、国の六空整に神戸空港計画が「予定事業」として組み入れられたが、その際、「新規事業」として認めるための課題のひとつとして「近畿圏の空域の制約下での神戸空港の位置づけ」を明らかにすることが求められた。(<書証番号略>、証人湊照夫の証言、原告本人尋問の結果)
以上の事実によれば、神戸空港の空域がどのように設定されるかは、神戸空港の安全性に重大な影響を与えるほか、航空機による騒音や排気ガスが不可避であることからすると、航空機が神戸空港周辺地域の環境に与える影響の程度にも密接な関連性があるということができるから、神戸空港建設に反対する原告が神戸空港の空域に関する調査結果が記載された本件文書の公開を希望することには頷ける点もあり、ある程度の公開の必要性が認められないわけではない。しかし、本件条例七条三号、六号及び七号に規定される各非公開事由は、あくまで、公開によって発生する支障という観点から定められており、公開の必要性、有益性等については何ら触れていないのであるから、条例制定者は、その政策的判断によって、公開の有益性、必要性の如何に関わらず、公開によって一定の支障が発生する場合には、公開義務がないものと定めたと解するのが相当である。また、本件条例七条の「公開することができる。」という文言が、非公開事由の存する公文書を公開するかどうかの裁量を公開実施機関に認めたものでないことは前述のとおりである。したがって、たとえ当該文書を公開する必要性が高かいとしても、右非公開事由を定めた条項に規定された種類、程度の支障が発生するならば、公開の義務はないというべきであり、原告の主張は採用することができない。
二本件文書は市と国等との間における協議、協力、依頼等に基づいて作成された情報に当たるかどうか
1 証拠によれば、本件文書作成の経緯等について、次の各事実が認められる。
(一) 運輸省は、昭和四四年五月、新空港構想において神戸市のポートアイランド沖を含む関西新空港の候補地を示したが、その後、神戸沖案が候補地として有力になり、神戸市は、昭和四六年七月、関西新空港計画神戸市試案を発表した。運輸省は、昭和四六年一一月、神戸沖を含む空港候補地の上空に、ボーイング七四七号機を飛行させて、騒音調査を実施した。(<書証番号略>、証人湊照夫の証言、原告本人尋問の結果)
(二) しかし、航空機の騒音等による環境破壊を危惧する声が高まり、神戸市議会は、昭和四七年三月、賛成多数で、「関西新空港神戸沖設置に反対する決議」を可決し、さらに、神戸市長は、昭和四八年三月、市議会において、関西国際空港の神戸沖案に反対する意向を表明した。また、関西新空港の候補地として、泉州沖案が有力になり、関西新空港を神戸沖に設置する計画は一旦消滅した。(<書証番号略>、原告本人尋問の結果)
(三) その後、航空需要が増加し、航空技術の進歩によって航空機の騒音が軽減されたことなどから、神戸市議会は、昭和五七年五月、二一世紀の神戸市の町づくりに空港は不可欠であるとして、「公害のない新空港を建設されたい。」との運輸省宛の意見書を採択した。さらに、神戸市は、同年六月、「新空港計画試案」を発表し、兵庫県とともに、昭和六〇年七月、国に対し、「神戸市沖空港建設についての要望書」を提出した。(<書証番号略>、原告本人尋問の結果)
(四) 空港を設置するには、一般的に、まず、国の空港整備五か年計画に組み入れてもらった後、予算化を図り、その後に、運輸大臣の空港設置許可(航空法三八条一項)を得て行うことになる。
神戸市においては、平成元年四月、兵庫県、神戸市、地元財界等からなる神戸空港建設促進協議会が発足し、また、同年七月、市の諮問を受けて、学識経験者で構成する神戸空港基本計画懇話会が設置され、同年一一月、同懇話会が基本計画草案をまとめた。これを受けて、同年一二月、経済団体代表や関係者五八名からなる神戸空港基本計画検討委員会が発足し、平成二年五月、同検討委員会が神戸空港計画の大綱(神戸市がポートアイランド沖三キロメートル辺りに三〇〇ヘクタールを埋め立てて設置・管理する空港で、二五〇〇メートル滑走路一本を備え、建設費約二八〇〇億円を予定している。)をまとめた報告書を提出した。この間、同年三月、神戸市議会は、平成三年度から始まる六空整に神戸空港の組入れを求める意見書を提出する旨の議案を可決した。(<書証番号略>、証人湊照夫の証言、原告本人尋問の結果)
(五) 神戸空港は、関西新空港や大阪国際空港などの周辺諸空港と近接しているため、空港整備五か年計画へ組み入れてもらうためには、周辺諸空港の飛行経路との整合性を図り、航空機騒音等の影響を回避しつつ、神戸空港への効率的な離着陸を確保することなどが必要となる。ところで、航空路の指定は、国(運輸大臣)の専管事項とされている(航空法三七条一項)が、昭和五九年当時は、国が自ら空域調査を実施するほどには神戸空港計画の熟度が達していなかった。そこで、神戸空港の空港整備五か年計画への組入れを希望していた神戸市は、国と協議をしたわけではないが、国から法の運用や基準についての助言を受け、兵庫県と共同して、神戸空港の飛行経路に関する調査を行い(費用は神戸市と兵庫県が負担し、実際の調査は民間に委託した。)、その具体的な飛行経路についての調査結果をまとめて、本件文書を作成した。(証人湊照夫の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)
2 以上の事実を総合すると、本件文書は、本来国の専管事項である空域に関する事務について、神戸空港計画の六空整組入れを希望する神戸市が、兵庫県と共同して、法の運用や基準について国から助言を受けて、周辺諸空港の飛行経路との整合性を図り、航空機騒音等の影響を回避しつつ神戸空港への効率的な離着陸を確保できるよう神戸空港の飛行経路に関する調査を行い、その結果をまとめて作成した文書であるから、国との協力等に基づいて作成した情報であるということができる。
3 原告は、本件文書は神戸市と兵庫県が主体になって行った調査の結果を記載したもので国の事務に関して作成した情報に当たらず、神戸市は未だ国との協議にも入っていなかったのであるから、国との協議、協力、依頼等に基づいて作成した文書に当たらないと主張する。
たしかに、本件文書は、神戸市と兵庫県の共同調査の結果を記載した報告書であるが、空域に関する事務はあくまで国の専管事項であるところ、未だ国が自ら空域の調査をするほどには神戸空港計画が熟していなかったために、神戸市と兵庫県が国に代わって調査を実施したにすぎないのであるから、調査の主体が神戸市及び兵庫県であるからといって、国の事務に関するものでないわけではない。
また、本件条例七条三号は、国等との「協議、協力、依頼等」を挙げるが、その後に国等との「協力関係又は信頼関係を著しく害する。」と規定していることから明らかなように、「協議、協力、依頼等」は、あくまで協力又は信頼関係が生じる場合の例示にすぎず、協議、協力又は依頼がなかったとしても、他に協力、信頼関係に基づくと認められる事情があれば、国との協力等に基づいて作成された文書ということができると解するべきである。本件においては、神戸市と国との間に空域をどうするかについて協議があったわけではないが、国の専管事項である空域に関する事務について、法の運用やその基準という空域設定の本質的部分について国の助言を受けて調査をしたのであるから、もはや、国と神戸市の間に協力信頼関係が生じていたと評価しても、何ら不都合はない。したがって、本件文書が国との協力等に基づいて作成された情報に当たらないという原告の主張は採用することができない。
三本件文書を国等の承諾なく公にすることにより国等との協力関係又は信頼関係を著しく害すると認められるか
1 前記認定事実によれば、空港の空域に関する事務は本来的に国の専管事項であるところ、神戸空港の場合は、未だ国自ら空域の設定の事務に着手するほどには神戸空港の計画が熟していなかったため、神戸空港の開港を希望する神戸市と兵庫県が国に代わって空域の調査を行ったにすぎないものであり、その調査に関する事務を行ったことによって国の事務を阻害することになってはならないことはいうまでもないところである。神戸空港の空域は、その立地条件の特殊性から、大阪国際空港及び関西新空港の各空域と錯綜するばかりか、近傍に巨大な人口密集地帯を控えているため、その空域の設定に際しては、技術的にも社会的にも困難を極めざるをえないものであり、このことは、本訴請求後の六空整において、神戸空港が予定事業から新規事業に格上げされるための課題として「近畿圏の空域の制約下での神戸空港の位置づけ」が挙げられていることからも明らかである。未だ国が空域の検討にも入っていない段階で、被告が本件文書を公開すれば、そのことによって、神戸空港の空域が最終的に決定されたかのような不正確な理解や誤解を生み、関係市・町との連絡、調整に困難を来し、ただでさえ困難な神戸空港の空域設定事務が一層困難を増すことは明らかである。このことは、関西新空港の飛行経路の見直しの際の近隣市・町の動向からも窺うことができる。このように、現段階において本件文書を公開すると、国の適切な空域設定に支障を来すだけでなく、国の航空行政の円滑な執行を阻害し、それによって、神戸空港の実現に向けて築き上げてきた国との協力、信頼関係を著しく害すると認めることができる。
2 原告は、公開か否かの判断に際して国等の意向を尊重すべき性格の情報を一方的に公開することによって国等との信頼関係を著しく害することを防止することに本件条例七条三号の目的があるから、承諾なく当該情報を公開すること自体が協力、信頼関係を著しく害する場合に限られるところ、「承諾なく」とは非公開とする旨の指示、依頼等がある場合をいうが、被告は本件文書の公開について国と一切協議しておらず、国から非公開とする旨の指示、依頼も受けていないから、このような場合に、右三号を適用することは許されないと主張する。
たしかに、手引によれば、「承諾なく」とは、非公開にする旨の指示、依頼等がある場合をいうとされている(<書証番号略>)。しかし、本件条例七条八号の合議制機関情報については、「規則、議事運営規定又は議決により公にしない旨を定めている」ことを非公開とするための明文の要件とし、公開実施機関ではない合議制機関の明示の意思表示を必要としているのに対し、右三号の場合は、「承諾なく公開する……」と規定し、条文上必ずしも国等による非公開とする旨の明示の指示、依頼があることを要件としていないのであるから、手引の当該文言にかかわらず、条例が国等の指示、依頼等を絶対的な要件とする趣旨と解することはできない(現に、手引によれば、承諾なく公にすることにより協力又は信頼関係が「著しく害される」情報の例示として、「国等からの委託による調査等に関する情報で、委託契約の条項中に国等の承諾なしに公表してはならない旨の条件が付されているもの」、「国等からの依頼による市の行政の実態調査等に関する情報で、国等において公表するまで公表してはならない旨の指示がされているもの」などの明示の指示等があるものに並んで、「国等の計画案、処分案その他施策に関して市に協議が求められている情報で、国等においても当該施策を公表していないもの」、「全国を通じて統一的に発表を要するとされている情報」が列挙され、必ずしも、非公開の指示等を要件としているわけではないことが窺われる。)。したがって、国等から非公開とする旨の明示の指示、依頼等がない場合であっても、情報の性質上公表することによって当然に信頼関係が損なわれる場合や当該事情のもとでは国等の承諾が得られないのが確実な場合なども、右三号によって非公開とすることができると解するのが相当である。前述のとおりの事情のもとにおいては、本件文書を公開することについて、国の承諾を得ることが困難であると推測されるから、国から非公開とする旨の指示、依頼等がないからといって、右三号の適用がないということはできない。
3 原告は、本件文書と同様の情報が記載されていると考えられる播磨空港基本計画(素案)を兵庫県から公開されたこと、右文書の公開によって特段の支障があったとの主張立証はないから、本件文書を公開しても、国等との協力、信頼関係を著しく害するとは認められないと主張する。
しかし、播磨空港は、神戸空港と比べれば、大阪国際空港や関西新空港との距離が離れており、空域が錯綜しているわけではなく、その設定については神戸空港の場合ほど、繊細さが要求されるわけではない。また、播磨空港は、空港とはいうものの、空港整備法にいう空港ではなく、単なる飛行場にすぎず、定期航路が開設されるわけではない(<書証番号略>、証人湊照夫の証言)のであるから、既存又は既定の空港の空域に対する影響は一層軽微なものにとどまるということができる。このような、播磨空港と神戸空港との空域に関する差異を考慮すれば、播磨空港の空域に関する情報を公開した場合の国との間の信頼関係を損なう程度は、神戸空港の空域に関する情報を公開した場合よりも当然低いものになるのである。したがって、播磨空港の空域に関する情報が公開されているからといって、本件文書を非公開としたことが違法となる必然性はなく、原告の主張は採用することができない。
第四結論
以上のとおりであって、本件文書は、「国との間における協議等に基づき作成したものであり、公にすることにより、国との協力、信頼関係を著しく害すると認められるもの」で、公開しないことができると定めた本件条例七条三号の公文書に該当し、かつ、この非公開事由は本件処分の通知書に記載されていたものであるから、その余の争点について判断するまでもなく、本件処分は適法である。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官北川和郎は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官辻忠雄)